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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)68号 判決

(平成二年(行ケ)第三六号事件)

《住所省略》

原告 石山治義

右訴訟代理人弁護士 米澤幸子

(平成二年(行ケ)第六八号事件)

《住所省略》

原告 森俊子

〈ほか三七名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 木村和夫

同 林良二

同 増本一彦

同 長谷川宰

同 古川武志

同 鈴木義仁

同 平岩敬一

同 山本英二

同 川又昭

同 小口千恵子

同 高橋宏

同 横山国男

同 伊藤幹郎

同 岡田尚

同 星山輝男

同 飯田伸一

同 武井共夫

同 小島周一

同 三木恵美子

同 間部俊明

(平成二年(行ケ)第三六号事件、同第六八号事件)

《住所省略》

被告 神奈川県選挙管理委員会

右代表者委員長 古家安治

右指定代理人 沼田寛

〈ほか三名〉

右当事者間の選挙無効請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  平成二年二月一八日に行われた衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)の神奈川県第四区における選挙を無効とする。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、平成二年二月一八日施行された本件選挙の神奈川県第四区(以下「神奈川四区」という。なお、他の選挙区についても、これに準ずる。)における選挙人である。

2  本件選挙は、公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号。以下「公選法」という。)について、公職選挙法の一部を改正する法律(昭和六一年法律第六七号。以下「昭和六一年改正法」という。)により改正された衆議院議員定数配分規定(同法一三条一項、同法別表第一、同法附則七ないし一〇項。以下「本件議員定数配分規定」という。)に基づいて施行されたものである。

3  右の法改正は、改正前の衆議院議員定数配分規定(昭和五〇年法律第六三号により改正された公選法一三条一項、同法別表第一、同法附則七ないし九項。以下「旧議員定数配分規定」という。)が、昭和六〇年七月一七日最高裁判所大法廷判決・民集三九巻五号一一〇〇頁(以下「六〇年大法廷判決」という。)によって、昭和五八年一二月一八日施行された衆議院議員総選挙(以下「昭和五八年選挙」という。)当時において憲法の選挙権の平等の要求に反し全体として違憲と断定されたことに対応して行われたものである。

4  そして、右改正の趣旨は、当面の暫定措置として、議員一人当たりの人口較差が特に著しい選挙区について、定数の増員、減員及び選挙区の区域の変更により是正を行おうとするものであり、その内容の要旨は、当分の間、議員定数について、北海道一区、埼玉二区及び四区、千葉一区及び四区、東京一一区、神奈川三区、大阪三区の八選挙区において各一名増員するとともに、秋田二区、山形二区、新潟二区及び四区、石川二区、兵庫五区、鹿児島三区の七選挙区において各一名を減員し、選挙区の区域について、秋田、愛媛、大分の三県において隣接選挙区との境界変更により二人区を解消することとし、これにより、衆議院議員の総定数は、当分の間一人増員して五一二人となり、また、選挙区別議員一人当たりの人口の最高と最低の較差は、三倍未満となるというものである。

5  本件議員定数配分規定は、次のような理由(その主張の詳細は、別紙原告らの主張記載のとおりである。)により、違憲、無効なものである。すなわち、右の改正内容は、たとえば、昭和六〇年一〇月一日実施の国勢調査(以下「昭和六〇年国勢調査」という。)の人口(速報値)に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差が最大一対二・九九(長野三区と神奈川四区)であることを容認し、かつ、選挙区相互間にいわゆる逆転現象(人口の多い選挙区の議員数が人口の少い選挙区の議員数よりも少い状態)が多数存置するなど、未だ憲法の選挙権の平等の要求を満たすまでに至っておらず、しかも、本件選挙当時、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の最大較差が一対三・一八(宮崎二区と神奈川四区)に拡大し、逆転現象もさらに多数生ずるに至っていた。

6  このように憲法の選挙権の平等の要求を満たしていない本件議員定数配分規定は違憲であり、これに基づく本件選挙は、無効であるから、本件選挙の神奈川四区における選挙を無効とする旨の判決を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1ないし4の各事実は認める。

2  同5の事実中、昭和六〇年国勢調査の人口(速報値)に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差が最大一対二・九九(長野三区と神奈川四区)であることは認め、その余は争う。

3  本件議員定数配分規定は、その改正当時及び本件選挙当時において、憲法に違反するものではないから、これに基づいて平成二年二月一八日施行された本件選挙について無効とされるべき理由はない(なお、その主張の詳細は、別紙被告の主張(一)ないし(三)記載のとおりである。)。

第三証拠《省略》

理由

一1  請求原因1ないし4の各事実は当事者間に争いがない。

2  同5の事実中、本件議員定数配分規定の下において、昭和六〇年国勢調査の人口(速報値)に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の最大較差が一対二・九九(長野三区と神奈川四区)であること、選挙区相互間に逆転現象が存置されていること、本件選挙当時、議員一人当たりの選挙人数の最大較差が一対三・一八(宮崎二区と神奈川四区)であったことは当事者間に争いがない。

3  《証拠省略》によれば、昭和六〇年国勢調査の人口(確定値)による衆議院の選挙区別の人口、定数、議員一人当りの人口は、別表「衆議院の選挙区別人口・定数・議員一人当たり人口」記載のとおりであり、本件議員定数配分規定によると右確定人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の最大較差が一対二・九九三(長野三区と神奈川四区)であることが認められる。

二  選挙権の平等と国会裁量権

1  憲法は、国会を構成する衆議院及び参議院の議員を選挙する国民の権利(選挙権)について、選挙人資格における差別を禁止する(四四条但書)とともに、選挙権の内容(投票価値)の平等をも要求している(一四条一項)ものと解されるところ、憲法は、国会の両議院の議員の選挙制度の仕組みの具体的決定は、立法政策上の問題として原則的に国会の裁量に委ねている(四三条二項、四七条)。したがって、右選挙制度の具体的決定に当たっては、右の投票価値の平等は、憲法上、唯一、絶対の基準ではなく、そのほか国会が正当に考慮し得る政策目的ないし理由を勘案しながら調和的にこれを実現することが要請されているものと解される。

2  ところで、衆議院議員の選挙制度においては、いわゆる中選挙区単記投票制が採用されているが、これは候補者と地域住民との密接な関係を考慮するとともに、選挙人の多数の意見の反映を確保しながら、少数者の意思を代表する議員の選出をも可能ならしめるとの趣旨によるものと解される。したがって、中選挙区単記投票制の下における選挙区割と議員定数配分を決定するに当たっては、選挙人数と配分議員数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準であるが、それが唯一、絶対の基準ではなく、そのほかにも考慮すべき要素として、従来の選挙の実績、選挙区としてのまとまり具合、都道府県、市町村等の行政区画、地形、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情等の地理的状況等の諸般の事情が存在するうえ、人口の都市集中化これに伴う地方の過疎化の現象等の不断に生ずる社会情勢の変化を政治における安定の要素をも考慮しながら、これらを選挙区割及び議員定数配分に調和的に反映させることも考慮すべき要素の一つである。そして、これらの複雑かつ多様な考慮事情をどのように選挙制度の具体的決定において反映させるかは、憲法が要求する投票価値の平等を基本とした国会の裁量権の合理的な行使に委ねられているところである。

3  しかし、公選法の制定又はその改正による選挙区割と議員定数配分の下における選挙人の投票価値に不平等が存し、又は、その後の人口異動により右の不平等が生じている場合、それが憲法に違反するか否かは、右投票価値の不平等が国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右の不平等は、もはや国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、憲法違反と判断されるものというべきである。

4  以上は、最高裁判所の判例(最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁、同昭和五六年(行ツ)第五七号同五八年一一月七日大法廷判決・民集三七巻九号一二四三頁、同昭和五九年(行ツ)第三三九号同六〇年七月一七日大法廷判決・民集三九巻五号一一〇〇頁、同昭和六三年(行ツ)第二四号同年一〇月二一日第二小法廷判決・民集四二巻八号六四四頁)の趣旨とするところであり、当裁判所の見解もこれと同旨であって、本件においてこれと別異に解すべき特段の合理的理由は見当らないから、以下これに準拠して本件について判断することとする。

三  本件議員定数配分規定の合憲性

1  本件選挙は、昭和六一年改正法による本件議員定数配分規定に基いて施行されたものであるところ、昭和六一年改正法の成立の経緯は、《証拠省略》によると、概略、被告の主張(一)の第二、二「昭和六一年改正法の成立経過」記載のとおりであることが認められる。そして、それによれば、昭和六一年改正法は、五八年大法廷判決が昭和五五年六月二二日施行の衆議院議員総選挙当時、昭和五〇年改正法一三条一項、同法別表第一、同法附則七ないし九項の議員定数配分規定の下で存した選挙区間の議員一人当たりの選挙人数の最大較差一対三・九四は憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至った旨判断され、ついで六〇年大法廷判決が昭和五八年一二月一八日施行の衆議院議員選挙当時、選挙区間の議員一人当たりの選挙人数の最大較差一対四・四〇を生ぜしめていた右議員定数配分規定は憲法一四条一項等に違反する旨判断されたことに対応して、国会が昭和五〇年改正法による議員定数配分規定の改正を緊急課題として取組んだ結果、昭和六一年五月二二日第一〇四国会において、前記請求原因4記載のようないわゆる八増七減、境界変更による二人区解消等を骨子とする昭和六一年改正法が成立するに至ったが、右成立までの間種々の困難な情況を経て成立に至ったことが認められる。

2  ところで、右法改正の結果、本件議員定数配分規定の下において、昭和六〇年国勢調査の要計表(速報値)人口に基づく選挙区間の議員一人当たりの人口の最大較差は、改正前の一対五・一二(兵庫五区と千葉四区)から一対二・九九(長野三区と神奈川四区)に縮小したものである。したがって、前記五八年大法廷判決及び六〇年大法廷判決が、昭和五〇年改正法によって、昭和四五年一〇月実施国勢調査による人口に基づく選挙区間の議員一人当りの人口の最大較差が一対二・九二に縮小したこと等を理由として、五一年大法廷判決が違憲と判断した右改正前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は、右法改正により一応解消されたものと評価し得る旨判示する趣旨に徴すると、本件議員定数配分規定は憲法に反するものとはいえない(前記昭和六三年一〇月二一日最高裁第二小法廷判決参照)。

3  さらに、本件議員定数配分規定の下で平成二年二月一八日施行された本件選挙当時、選挙区間の議員一人当たりの選挙人数の最大較差は一対三・一八(宮崎二区と神奈川四区)に拡大しており、右較差数値の示す投票価値の不平等状況は、その数値のみを把えれば、違憲とも判断すべき状態にあるものといえなくもない。

しかし、右不平等は、前示昭和六一年改正法の制定経緯、昭和六一年改正法制定当時の最大較差二・九九倍を超えるに至ったのは右神奈川四区のほかは千葉四区(三・〇七九倍、《証拠省略》による。)のみであること、右神奈川四区等にみられる較差の拡大は、昭和六一年改正法により、その改正前の議員定数配分規定の投票価値の不平等による違憲状態が一応解消された後で次に予定される国勢調査までの間に施行された本件選挙当時において生じていたものであって、その数値も右改正当時のそれに比し著しく大きいものとはいい難いものであること、また議員定数配分規定の是正にあっては、一定時点における確定人口数を基礎とする必要から、国勢調査の結果をまつこともまた理由がないわけではないこと(公選法別表第一の末尾規定参照)等に徴すときは、国会の裁量権の限界として、国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程の著しい不平等状態に達しているとまで断定することはできない。

もっとも、国会に一定の裁量権の幅があるとはいえ、純粋に投票価値の平等の観点からすれば、右最大較差は少くとも一対二を超えないものとすることが、その性質上当然に要求されるものであって、前記のようにその較差が一対三・一八にまで至っている現状は、最早放置できない事態であるといわなければならない。したがって、国会が、国権の最高機関として、また立法府の当然の責務として、速やかに議員定数配分について抜本的是正に取り組み、その実現に最善の努力をすることが強く期待されるところである。

4  また、いわゆる逆転現象は、それが選挙区割及び議員定数の配分を決定するについて最も重要かつ基本的な基準である人口数と配分議員数との比率の平等に反するものであるから、単に各選挙区間の議員定数配分の均衡の問題であるに止まらず、選挙権の平等という憲法上の要求に係る問題とみるべきである。したがって、各選挙区間において逆転現象が顕著に生じた場合には、それは個々の選挙人についての投票価値の不平等の問題として、その是正措置が講ぜらるべきものとなり得る。しかし、逆転現象の問題は、議員定数配分規定の改正にあたっての課題として、当然考慮に入れて然るべきものとはいえても、これを人口較差の問題と同列に論ずべきものとまではいえず、また絶えず異動する人口に対応して逆転現象是正のため議員定数配分規定を改正するには、事実上困難なものがあること、前説示のとおり本件議員定数配分規定の下における各選挙区の議員一人当たりの人口(選挙人数)の較差が、未だ国会に許容された裁量権の範囲内のものであること、前示昭和六一年改正法の成立経緯等を総合して判断すると、本件議員定数配分規定の下において、原告主張のような逆転現象が認められるとしても(なお、《証拠省略》によれば、本件議員定数配分規定の下において、昭和六〇年国勢調査人口(確定値)によると、議員定数が三人で最も人口の多い選挙区である広島一区に対して逆転区は五八区あり、議員定数が四人で最も人口の多い選挙区である神奈川四区に対して逆転区は三七区であること、選挙区単位で全選挙区間に成立する相互関係総数八三八五通りのうち逆転関係は一〇六八通りであり、その逆転率は一二・七四パーセントであること、また、本件選挙当日有権者数によると、議員定数が三人で最も人口の多い選挙区である埼玉一区に対して逆転区は五九区あり、議員定数が四人で最も人口の多い選挙区である神奈川四区に対して逆転区は四〇区であること、選挙区単位で全選挙区間に成立する相互関係総数八三八五通りのうち逆転関係は一〇七八通りあり、その逆転率は一二・八六パーセントであることが認められる。)、また、前記人口(選挙人数)較差を併わせ考慮するとしても、これをもって直ちに右にいう投票価値の不平等が国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程の著しい不平等状態に達しているとまでいうことはできない。

5  以上の次第で、本件議員定数配分規定は、昭和六一年改正法成立当時及び本件選挙当時のいずれにおいても、憲法に違反するものとはいえないから、本件議員定数配分規定の下において施行された本件選挙について、これを違憲、無効であるとすることはできない。

四  よって、原告らの本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 枇杷田泰助 裁判官 塩谷雄 裁判官 原敏雄)

〈以下省略〉

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